2017年04月07日

桜咲く

咲き誇る桜を目にすると、
来年もこの花を見られるだろうかとふと思う。

土手を美しく染める菜の花にも、
街角の匂い立つ沈丁花にも感じない、
独特の思いを呼び起こす力が桜花にはあるようだ。

今朝は平日にもかかわらず、
自宅近くで10キロほどのジョギングをする時間が手に入ったので、
ふと思いついて、
そのうち4キロほどは桜並木というコースを選択した。
まさに桜花爛漫の下を走る。
こんな贅沢なジョギングの機会は、この人生であと何回あるだろうか。

そんな今日は、娘の中学入学式。二親そろって学校にお邪魔した。

新入生ひとり一人の名前が呼ばれたのち、
校長先生の「入学を許可します」との言葉を耳にした時には、
自然に熱いものがこみ上げてきた。
まだ幼い娘がここに至るまでの道は決して平坦ではなく、
それを乗り越えて掴んだ幸運は、紛れもなく彼女の意志と努力の賜物だと思えたから。
それとともに、
これからいかようにも未来を描き得るまっさらなカンバスを抱えた子供たちの姿と、
その子らを、伝統とたゆまぬ研鑽を元に、胸を張って迎える学校の姿勢に、
心を洗われる思いがしたから。

サクラサク

桜の花を、自分があと何回目にすることが出来るかはわからないけれど、
毎年桜は、新しく美しい花を誇り続けるだろう。
そう考えると、なんだかほっとするじゃないか。
posted by いつかはシャマル at 21:25| Comment(0) | ランニング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月01日

道にただ

今日は娘の第一志望校の試験日。
付き添いは母親の担当、私はいつも通り会社に。
やはり娘の事が頭を離れない。

昼休みには近所の神社にお礼参り。

受験そのものは現在進行形であるが、
結果はどうあれ、
ここまでの道を娘が乗り越え、この日を無事迎えられた事に感謝。

12:40 娘の筆記試験終了の時刻、
私は筑土八幡神社にて手を合わせていた。

ふと目を開けると、賽銭箱の前のチラシにこうあった。

「道にただ身をば捨てんと思いとれ 必ず天の助けあるべし」

室町時代末期、薩摩島津家中興の祖とされる島津日新公が、
人の道を詠んだ「いろは歌」の一つだそうである。

娘が自らの「道」を見出してくれさえすれば…
できの悪い父親のただ一つの願いである。

posted by いつかはシャマル at 22:17| Comment(0) | ランニング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月31日

こころのハンガーノック

今年の大晦日は快晴であった。

まだ暖かなうちに15キロほどランニングをしてきたのだが、
たかだか10キロほど走ったところで、胃のあたりに力が入らなくなってきた。
軽いハンガーノックのような状態である。
帰宅してシャワーを浴びて体重計に乗ってみると、最近ではミニマムに近い状況だったので、
単に朝からの摂取カロリーが不足していたのであろう。

それで思いついたことがある。

最近、こころがなにやらハンガーノック状態なのである。
Wikipediaによれば、英語ではハンガーノックのことを、
Hitting the wall と言うらしい。
じゃあハンガーノックって何語なんだ? というツッコミはこの際放置するとして、
この表現はよりしっくり来る気がする。

新しい年を迎えるわけだが、
年頭に当たって、ノルマの達成目標もなければ、出世の野望もない、
TOEICの目標スコアもなければ、ビジネススクールに行く予定ももちろんない、
フルマラソンの目標タイムもなければ、完走を狙いたいロングトレイルもない、
行きたい南国のリゾートもなければ、特別欲しいクルマもない、
欲望がなくなったわけではないのだが、まさに周りが壁に閉ざされている感覚なのだ。

今年でちょうど40歳代の半ばに達する自分。

30まではなにも考えず、ただ若さだけで生きてきた。
30から数年前までは、若くなくなりつつある自分に気づき、
最後の抵抗を試みた10数年間だった気がする。
結局、他人に迷惑をかけるばかりで、何一つ成し遂げることもなくここまで来たが、
これまでの人生に悔いはない。
その時々、それなりに精一杯生きてきたし。

そんな風に振り返ってみると、まがりなりにもいままではあったエネルギーのようなものが、
自分の中で枯渇しているように感じられるのである。

今年最後の消えゆく夕日を眺めながら、そんなことを考える大晦日である。


先日無事に(?)12検を終えた916スパイダー
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posted by いつかはシャマル at 16:52| Comment(0) | ランニング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月22日

やれば出来る

最近,ひどく足が遅くなった.
ランニングに出ても,身体が重くて,足が前に出ない.
15キロ程度のランニングでも,
1キロ5分台はおろか,6分をオーバーすることすらある.

もう,歳なのだろうか,と思う.


日曜日の昨日は,午後になって雲が出てきたので,3時半過ぎに走りに出た.
この時間に走れるとは,夏も終わりが近い.

少しペースを上げてみようと,最初から少し気合いを入れてみる.
おそらく,いきなり心拍数160/分というぐらいの負荷.

1キロラップを告げる電子音を聞き,手首のSUUNTOを覗くと,目に入った数字は5'25.
おいおい,これでキロ5分もキープできていないのかよ.

さらにペースを上げる.

坂道を下ったところで2キロの電子音,目に入った数字は10'20.
5分は切ったか…

そのまま,主観的には9割方の力を出して走ってみた.

1キロ走るごとに,次はもっと詰めよう,もっと詰めようとあえぎながら身体に鞭を入れる.

12キロの段階でトータル56分台まで詰めることが出来た.
1キロ平均が約4'40.これでフルマラソンを走り切れればサブスリーも夢ではないペース.

15キロ走ろうと思っていたので,最後は近所の公園を周回して終わろう.

公園に駆け込むと,
管理のおじさんが「5時閉門だよ!」と抱きつかんばかりにして止めようとしてきた.
「正門から出ますから!」
「わかった,頑張って!」

時計を見ると4時53分.
正門まではせいぜい500メートル,頑張らなくても間に合いますよ(笑)

正門を駆け抜けたところで,SUUNTOが13キロを告げる.
トータル60'40.1キロ4'40をキープ.

公園を出てすぐの階段を上ったら,もういっぱいいっぱいだったので
この日のランは終了とした.


でもさ,やればまだ出来るじゃん,俺.

昨年来の相棒,比叡山トレイルにも付き合わせたSUUNTO AMBIT2 は
残念ながらストラップが切れかけてるし,
新しい相棒でも手に入れるかな…

posted by いつかはシャマル at 13:17| Comment(0) | ランニング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月14日

蝉しぐれ

休日の朝、洗濯物を干しながらカナカナの声を聴く。
ふと、蝉はどうして鳴くのだろう、という問いが脳裏に浮かんだ。

リビングに戻り、小学6年の娘に問えば、
「生きた証を遺したいんじゃないの。聴く人の心にね。」と言ったきり、
こちらに背を向けて問題に取り組んでいる。
中学受験国語のやりすぎである。

仕方ないので独り、蝉の歌を作ってみた。

セミーセミーなぜ鳴くの?
みんなに聴いて欲しいから。
セミーセミーなぜ鳴くの?
生きた証を遺すため。
セミーセミーなぜ鳴くの?
知るかうるせえ、蝉だからだよ!

短気な蝉である。

昼は割引券を手に入れた妻の提案により、
家族そろってチェーンのラーメン店を訪れる。
私は、味噌ラーメンと餃子に生ビールをいただいた。
娘も、中華そばを肴にオレンジジュースを嬉しそうに飲んでいた。

午後5時過ぎ、近所の公園にてジョギング。
つい数日前の熱気を帯びた夕刻の空気とはうって変わって、
そこには、秋を感じる風があった。

まるで秋を前に生き急ぐかのように鳴き比べる蝉たち。
ジジジジジジ・・・
ミーンミンーンミーン・・・
カナカナカナカナ・・・
ツクツクボーシツクツクボーシ・・・

蝉にもカラオケバトルで前人未到の11冠を達成する者もあるのだろうし、
鳴こうとして鳴き方の分からぬまま、短い一生を終える者もあるのだろう。
しかし、蝉はみな鳴くのだ。

ジョギングコースが木々の生い茂る場所にさしかかれば、
聞こえてくるのは、まさに蝉しぐれ。
渾然一体となった声の中を駆け抜ける。

その時、ふと気付いた。
公園の周回路に小川から釣り上げたザリガニを並べて喜ぶDQNっぽい家族も、
心の中で悪態をつきつつ、一人、ザリガニを避けて走る私も、
その脇の芝生で幼子とのかくれんぼを愉しむ仲睦まじく映る3世代の家族も、
みな、この蝉しぐれの中にあるのだ。

帰宅してシャワーを浴び、
缶ビールを片手に、一人テレビのナイトゲームに向かう私の背中に、
娘が一言「蝉が鳴くのはさ、蝉だからだよね。」と声をかけた・・・


としたら出来過ぎであろうか。
posted by いつかはシャマル at 00:07| Comment(0) | ランニング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする